患者と薬
医師が折角処方した薬も、患者が勝手に服用をやめしまうケースもある。毎日最低3度、多いときで一回につき10錠ほどの薬を飲まねばならない患者も大変だ。私たちはよく冗談で「それだけでおなかが一杯になる」と言っていた。結果、看護婦の配る薬を引き出しに隠したりして、飲んだふりをする患者も出てくる。一人の25才ぐらいの男性患者の例を思い出す。彼の皮膚の状態は本当に酷く、いくらゴム手袋をはめていても怖気づくぐらいであった。身体全体が真菌に侵され、膿を持った腫瘍がつぶれ、いつも血がにじんでいた。よくマッサージを頼まれたが、腫瘍をつぶさずに揉める場所を探すのに苦労したものだ。そんな彼も知り合って3ヶ月もすると、見違えるようにきれいな肌になった。人間の細胞は3-6ヶ月周期で全部入れ替わるという現象をまさしく体現していた。症状が好転すると、「死の家」ホスピスから出て、バンガロ−に移り住む許可が出ることがある。これはたとえつかの間とは言え、患者にとっては命に希望を見出せる出来事である。医師の言によると、色々な菌が蔓延しているホスピスは免疫力のない患者にとり一番危険な場所で、出来るだけ早く、ホスピスを出るのが治療の重要な要素の一つだそうだ。
彼はしばらくバンガローで一人暮らしをしていた。薬の服用は完全に自己コントロールに任されている。彼は一人暮らしを始めてしばらくしてからまた病棟に戻ってきた。皮膚が以前のような状態に戻っていた。医師が問いただすと、良くなったと思って勝手に服用を止めたらしい。そのときには耐性が出来てもう手の打ちようが無く、しばらくして亡くなった。自分の命を削ってまでも飲みたくなかった薬なのか?そうではないと思う。自分の病状を楽天的に考え過ぎるのか?それもあるだろう。タイ人とは一般に「マイペンライ(問題ない)」の国民性がある。私などが考えるに、これは人生最悪の状態だろう、と思えるようなホスピス暮らしでも、患者同士では結構楽しんでいる風に見えるときもある。こと薬に関しては、その国民性と無知、そして悲観と楽観が相まっているのかもしれない。
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